様式はない。光恩寺の建立は古い。寺主は既に八十四世を数え、寺は千四百年以上を刻んでいる。古墳時代の名残の中に頭を擡げつつあった仏教が如何なるものであったかを知る由はない。日本における仏教建築の様式が整うより前に於ける古の出来事である。

群馬とは馬が群れると書く。群馬は天皇にその馬を献上する地であったという。馬とは元来大陸由来の生き物である。故に群馬の馬も渡来人のもたらしたものであったという出来事は想像に難くない。大和朝廷を介さない道筋を渡来人が辿って馬を齎したと考えると、仏教も独自の形態をとって伝来していたと考えるのは自然な成り行きである。故にこの都度の涅槃堂建立にあたっては国内に手本となるべく塔頭が現存せず、様式を超え仏典の源流へと遡ることとなった。

涅槃堂の内陣を取り囲む八本の柱は、釈迦入滅の場を取り囲んでいたと伝承される沙羅双樹を模している。内陣の頂部には明かり取りがある。黄金色に輝いていたとされる入滅の釈迦に光を注ぐ為である。よってこの内陣は内部でありながら外部でもある。外陣は右遶三匝の回廊形式をとっている。仏教発祥のインドにおける礼法である。外部を回る軒下と合わせて、二重回廊を形成している。インドにおける古代仏教建築に見られる回廊形式に近い。回廊は古来より行として活用していた設である。涅槃堂には裏表がない。釈迦入滅の場を鳥獣が取り囲んでいたとされる森に表裏が無かったのと同様である。

山門をくぐり本堂を拝みつつ左に折れると枝葉の合間に涅槃堂が深く沈んでいる。立ち塞がる宝塔を巡りつつ石畳を踏み進み階段を二歩上がると重い格子戸がある。格子戸を潜らず左に巡ると反対側にも宝塔があり、墓所へと石畳が伸びている。涅槃堂は行き止まりではない。釈迦入滅の場であると同時に、世界の未来へと続く始まりの場でもある。方角を律するのは内部に横たわる涅槃のみである。

貫を使った原始的な構造である。斗栱という洗練された組物が成立する以前の形式である。斗栱が導入される以前の構造形式は柱が大きい。大梁を貫通させたり載せるに十分な直径が柱に求められるからである。柱と梁は貫あるいは嵌合結合を基本とし楔にて締め固める。かしめ金物は使用されていない。頂部は十字に渡し掛けられた牛梁に載せられた吊束柱によって支持し、曲げ剛性を魅せる朴訥な力学を採っている。

柱は集成材である。直径二尺の柱を自然木から盗むことが難しいという理由もあるが、集成材は割れや歪みを抑える意味で有効な手法でもある。古来の大型建築や仏像が無垢ではなく組み木を採用してきた例が見られるのと同じ理由である。軒は扇垂木である。化粧は存在せず純粋に構造として機能する垂木だけが構成する造りである。屋根は瓦でなく粘板岩で葺かれている。粘板岩は神羅万象を映し、臙脂色から枯草色に至るまで多様に取り混ぜられている。

境内に於いては最も新しい堂宇である。しかし千年の古刹にあって、他の堂宇との年齢差は如何程でもない。堂宇の建立は出発点に過ぎない。この釈迦堂は数百年の時を超え生き永らえる筈である。